突然ですが、皆さんの家には唐辛子はありますか?鷹の爪、一味、七味……きっとどれかはあることと思います。

実は、栃木県大田原市は唐辛子生産量が日本一!どうして大田原が日本一なの?唐辛子ってどうつくるの?たっぷり調査してきましたカラ~~~!

『さゆレーザー』ではない。

~栃木県大田原市~

……。

確かに私、これまでいちごの被り物とかしてきた。何を着ても恥ずかしくないって自負がある。でもナニ?今日のこの気持ちは。「ドレスコードは赤で」って言われたからコレで来たけれど、胸がゾマゾマする……!

吉村農園取材の様子(2019年12月)

小百合さ~ん!

……。いっそ、ズボンも赤、髪も金髪にしてくればヨカッタのに。

あああああああ!やっぱり言われた!カ〇レーザーに寄せてないからね!下は緑だし!

小百合さん、思い切りが足りないんじゃないですか?それでも芸人なんですか?

だから私ライターだから!

とにかく早く行きましょう。今日は老舗の食品メーカーさんですから、遅刻したら辛口コメントもらいますよ。

辛口……?

吉岡食品工業株式会社

こちらの吉岡食品さんは、唐辛子の老舗メーカー。唐辛子といったら吉岡さんです!

だから赤着て来いって言ったのか。

吉岡さん、よろしくお願いします!

吉岡食品工業株式会社 代表取締役 吉岡博美さん

遠いところ、わざわざありがとうございます!

吉岡さん、辛いものお好きですよね。こちらお近づきのしるしに……

(で、デスソース!るうかちゃん、攻めすぎじゃない?!)

おおお~コレはうれしいです♪

よかった♪では、早速取材に入ります。

扱うのは唐辛子のみ!あの有名な〇〇バーガーにもIN

え~っと。商品って、唐辛子オンリーなんですか?

そうです!うちは唐辛子だけで事業をやっています。扱う製品は「乾燥唐辛子」「塩漬け」「酢漬け」「佃煮」の4種類です。

「乾燥唐辛子」は粉砕加工した一味唐辛子や七味唐辛子。
「塩漬け」は、唐辛子を漬物にした唐辛子味噌。要は豆板醤ですね。
「酢漬け」は、ピクルス。
「佃煮」は、砂糖・醤油・出汁を加えて煮た日本古来の佃煮です。

モスバーガーさんの「スパイシーモスバーガー」って、食べたことありますか?あれには、うちで加工したハラペーニョが使われているんですよ。

 

へ~!知らぬ間に吉岡さんの商品を食べていたとは!

はじまりはカレーライス。

※吉岡食品工業ウェブサイトより

あの~、その肖像画はどなたですか?

私の祖父・吉岡源四郎です。弊社は、1923年(大正12年)に祖父が唐辛子製品の製造販売を始めたのを機に創業した会社です。当初は東京でやっていたんですよ。

もうすぐ100周年!

初めはね、カレー粉と唐辛子を扱っていたんです。昭和の初めごろ、それまで高級品だったカレーが一般家庭に並ぶようになりました。カレーの原料はインドのスパイスの集合体ですから、輸入に頼らなくてはなりません。なかなか手に入りにくいし、値段も高いので、日本で唐辛子を手配できないかと。

ふむふむ。

当時、唐辛子は漢方薬として物流していて、偶然にも源四郎はその栽培を得意としていたんです。「カレーに使う唐辛子も俺に任せておけ!」ってことで、唐辛子栽培を一手に引き受けました。

ビジネスチャ~ンス☆

当時は三多摩(武蔵小金井・国分寺・八王子あたり)での栽培が盛んでしたが、もっと大量につくれる土地が必要になったんです。
土地を探すなかで偶然大田原に目がとまり、「丘陵地帯の環境が唐辛子栽培に非常に適している」と。田舎で土地が広いし、東京でつくるよりずっと安くできるので、この地に決まりました。

こうしてカレーライスでの一儲けを企んで、昭和10年ごろからこの土地で唐辛子づくりが始まったのです。

唐辛子が日本の経済成長を支えた?

色々と順調な滑り出しだったんですね~!

ところがっ!!軌道に乗りかけてきた昭和16年、太平洋戦争が勃発します。戦争となると、カレーライスで一儲けどころじゃない。源四郎の野望は早くも崩れます。

大河ドラマみたいになってきた……。

でも、源四郎は野望が捨てきれない。明日食う米にすら困っていた時代に、なんとか一旗あげようと、コッソリ唐辛子づくりを続けていたんです。

野望のパワーってすごいな……。

まさに、捨てる神あれば拾う神あり。昭和24年に勃発した朝鮮戦争が、源四郎に幸運をもたらします。

韓国の食事は唐辛子が無いと成り立たちませんが、戦争中は唐辛子が欠乏します。そこで、韓国からアメリカに「唐辛子を探してくれ」と要求が入ったんです。当時(昭和25年ごろ)アメリカは日本を統治していたので、唐辛子を日本で探すことにしたんです。

キタキタキタ!

そう。ここにだけ唐辛子があったんです!(キリッ☆)

非国民と呼ばれながらつくり続けていた唐辛子が米軍の目にとまり、蔵にあった唐がらしを根こそぎ買い取られました。私は昭和24年生まれですから、オギャーと生まれたときから唐辛子の輸出が行われていました。アメリカ兵がジープでやってきて、唐辛子を買って行ったのを今でも覚えています。

1本ドラマできそう(笑)。

すごいでしょう?それでその時、人々は「唐辛子を売ってドルに換えればいいじゃないか!」と気づいたんです。

当時の日本は、敗戦国で国力がなかった。国力をつけるためには、貿易をして産業を立て直す必要がある。でも当時の円には価値がなかったから、海外から物を買うためにどうしてもドルが欲しかったんです。
ドルを得るためには、海外に何かモノを売らなくてはならない。何か、海外の人たちが欲しがるモノをつくらねば……。

それが、唐辛子だと。

そうです。輸出向け唐辛子が一気に盛り上がり、ドルを獲得するための唐辛子づくりが始まりました。
つくっていたのは、「栃木改良三鷹(通称:栃木三鷹)」という品種。昭和30年に源四郎が品種開発に成功した唐辛子です。これは海外でも人気を博して、貿易輸出品として戦後日本の高度経済成長の一翼を担いました。

源四郎さん、カッコよすぎる!

ちなみにね、当時の日本は戦争に負けて軍事産業は壊滅状態ですから、農産品で貿易をしたんです。輸出量の1位は生糸、2位は緑茶、3位がみかん・りんご・唐辛子です。

吉岡さんの工場も、さぞ忙しかったでしょうね。

そうですね。実は、唐辛子は大田原だけでなく、鹿沼、佐野、真岡あたりでも盛んにつくられていました。でも、輸出するには一定の品質基準を保たなくてはなりませんから、国が指定した工場に集めて加工する必要があったんです。

それが、まさにうちの工場。ここで一定のクオリティに加工されたものが、横浜の港から輸出されていったわけです。

輸出貢献企業……!今の日本があるのは、吉岡食品さんのおかげなんですね

輸出のためにどんどん唐辛子をつくれ!

どれくらいの唐辛子を輸出していたんですか?

年間5000トンです。当時の日本国内での消費量が年間2000トンですから、国内消費量の2.5倍を輸出していたことになります。

この写真は、昭和28年当時の弊社での「唐辛子もぎり」の様子です。

唐辛子は、枝についたまま乾燥させて、乾燥したら枝からもぎるんです。これを「唐辛子もぎり」と言います。

農家が唐辛子をたくさんつくっても、自分たちで全部もぎるのは無理です。そこで、うちの会社が買い取って、日雇いパートの主婦さんたちを集めて、みんなで唐辛子をもぎったんですね。大田原の全主婦が「唐辛子もぎり」をやったんです。

これで国が成長すると思うと、頑張れたんだろうな~。

唐辛子輸出のピークは昭和30年代。その後は日本の産業が工業化に成功して、貿易の対象が自動車、電化製品、繊維になりました。農産品の貿易は、昭和50年ごろにピリオドが打たれました。

大田原市の唐辛子畑/昭和37年当時(同社HPより)

 

現在は、唐辛子の輸出量はほぼゼロ。国内消費のためだけにつくられています。2021年の大田原市の唐辛子農家は105名。生産量は全体で20トンくらいです。

大田原の唐辛子復興!メディア出演も多数

また唐辛子ブームが来て欲しいですね。

実は今もブームなんです!2005年に町おこし事業「大田原とうがらしの郷づくり推進協議会」が発足して、唐辛子による町おこしが始まりました。私も唐辛子博士として、『とんがらしラーメン』『唐辛子餃子』『唐辛子羊羹』など、色々な商品の開発に協力しました。
この活動がメディアの目にとまり、今でもよくテレビ取材が来ますよ。

ウェルカム大田原!唐辛子畑を観光地に

ふ~。なんだか、1本の映画を見たような気分です。

ふふふ。日本の歴史の中に、ちょっと唐辛子があるってことですね。あのね、大正末期に北原白秋がこんな歌を詠んだんです。

〽 武蔵野の だんだん畑の 唐辛子 いまあかあかと 刈り干しにけれ 

北原白秋と祖父は同じ唐辛子畑の光景を見ていたんだと思うと、感慨深いものがありますね。

私の中には唐辛子のDNAが流れていて、もう逃れられない(笑)。唐辛子は、今私がここに存在する理由のすべてです。この地に生まれたことを嫌に思ったこともあったけれど、今はこの地に生まれてこの地で死んでいくことを非常に結構と思っています。

深イイ……!もっと大田原の魅力が広がると嬉しいです!

実は私、大田原の唐辛子畑を観光地にしたいと思っているんですよ。旅行会社さんと手を組んで、バスツアーとか企画して。1日1,000人から2,000人呼べたら盛り上がると思いませんか?

真っ赤な唐辛子畑を見学した後は、唐辛子グルメに舌鼓、その後“マイ唐辛子”をつくって世界にひとつだけのお土産にする、とかね。

ステキ~!私もまた赤い服着て参加します♪

 

カジルクッキング♪~吉岡特製ラー油~

次は、一緒に特製ラー油をつくりましょう!

 

〽チャッチャ~チャ~チャ~チャ♪(〇分クッキングのメロディで)

一発撮りにしては、私たち息ピッタリでしたね(笑)。

いやはや(笑)。この後は、工場の方も見て行ってくださいね。

 

から~い香りの工場見学

左:案内してくれたのは、笑顔ハジける真鍋さん♪

 

おお~空気が辛い!初めての体験!

長時間ここにいるのは、スタッフでもツライです(笑)。さて、このレーンでは塩漬け唐辛子の選別をしています。色が薄い物をよけていますね。

ひとつ食べてみますか?

えっ!いいんですか?(いやいや辛いでショ~)

・・・$%&#!!!!!

こちらはハラペーニョ工場。青唐辛子を輪切りにして洗浄しています。

こんな風につくられているんですね~。ますます唐辛子に愛着わきました♪

唐辛子づくりの匠を訪ねて。

最後に、農家さんに行ってみましょう!

大田原とうがらしの郷づくり推進協議会
生産者の会 会長 小藤 喜一さん

唐辛子ってどうつくるんですか?

まず3月半ばから、種まきと芽出し。4月上旬にポットに鉢上げします。ここまではハウスでね。

で、5月半ばから6月初旬に畑に移植、6月下旬に芯止めをします。芯止めってのは、花芽を摘むことね。

7月から10月半ばは、除草とカメムシの管理。10月末から11月初旬にようやく収穫です。畑で一本ずつ枝を切って、ハウスに干します。

12月と1月は乾燥期間。直射日光が当たらないように暗くしながら、2ヶ月間乾燥させます。1月に枝から実をもぎって、実を選別して商品が完成。1月から3月の間に吉岡食品さんに集荷します。

しっかり丸1年かかるんですね。

小藤さんの唐辛子畑。これで10アール。

難しいことってありますか?

芽出し(発芽)が一番難しいね。種をまいて芽が出るまでの管理が悪いと、芽が出ないんだよね。ここで失敗する人が一番多いんです。

管理とは?

温度と水分の管理だね。日中は暑くて夜は寒いから、しっかり温度管理しないとダメ。暑すぎて焼けちゃうこともあるからね。水も不足すれば芽が出ないし、やりすぎると腐っちゃう。

デリケートだなぁ。

そうだね。あとはカメムシ問題もある。唐辛子がカメムシに刺されちゃうと、ハウスに干したときに脱色しちゃう。今の薬は昔と違って、虫を殺す薬ではなく逃がす薬だから、また戻ってきちゃって堂々巡りなの。今の薬は使い方のルールが厳しくて、難しいんだよ。

5月半ばにハウスから移植し、約3週間たった畑。

自然との共生は難しいなぁ……。

そうだね。あとは、収穫時の選別も難しい。出荷できる唐辛子の色の基準は決まっているから、それに満たない薄い色のモノはここでよけるんだけれど、人間の目で見たんじゃなかなか分からないんだよね。

人間は欲があるから、「これくらいの色なら大丈夫だろう」って思っちゃうんだけれど……。ちゃんと選別しないと吉岡食品さんに迷惑かけちゃうから、そこはしっかりしないとね。

出荷できるのは、真っ赤な唐辛子だけなんですね。

そう。真っ赤な唐辛子をつくるために、肥料の使い方は常に考えているね。肥料って難しくて、与えすぎてもダメ、少なくてもダメ。窒素、リン酸、カリウム、この3つのバランスが大事。窒素は葉と茎、リン酸は実、カリウムが根っこの栄養になるからね。

肥料は化学方程式で、土のプラスイオン・マイナスイオンの話から勉強するんだよ。最初はむずかしいけれど、分かっちゃえばコントロールできるからね。

コントロールできたら楽しそう!

とは言え、農業は博打(ばくち)みたいなもん。工業製品とちがって、毎年同じお金と人件費をかけたからといって同じモノができるわけじゃない。同じ肥料を使っても、天候に左右されるからね。

でも、毎年同じにできないからこそ面白いよね。もちろん、しっかり勉強すればある程度コントロールできるから、やる気がある人にとっては面白いと思うよ。

確かに、会社員だとやる仕事は全体の一部だけど、農業は一から十まで全部自分でできますもんね。

そう、それが面白い。今うちの畑は10アールふたつで合計20アールだけれど、目標は100アールだね。他の唐辛子農家と一緒になって、工業団地ならぬ農業団地ができたらいいよね。目立てば観光客がたくさん来てくれて、この町が盛り上がるから。

農業団地ができたらまた取材に来ます♪吉岡さん、小藤さん、今日はいっぱいありがとうございました~!

大田原の唐辛子が日本一なのは、日本の経済発展に寄与したからだった!

いかがでしたか?大田原の唐辛子が日本経済にこんなにも貢献していたなんて、知りませんでしたよね。栃木にはまだまだ魅力がいっぱい!これからもカジルの取材は続きます♪

\最後にプレゼントのお知らせ!/

なんと、吉岡食品工業株式会社さんから、唐辛子の七味と一味セットをご提供いただきました!
こちらを3名さまにプレゼントします!

応募はカジルのTwitterから!
URL https://twitter.com/kajiruworld

その辺のモノとは明らかに違う本物の辛さを、是非味わってみてください♪
ご応募お待ちしております!

吉岡食品工業 株式会社について

〒324-0051 栃木県大田原市山の手2-16-10

TEL:0287-23-5555 FAX:0287-23-5557

http://y-food.jp/

この記事を書いた人

小百合:「住食人」がテーマのインタビューライター。今は埼玉県在住だが、以前栃木県に住んでいたことがあり、今でも頻繁に足を運ぶほど栃木愛が強い。2019年7月からカジルに参加。趣味はダイエット(カジル初登場時から-8キロに成功)、好きなものは人とお酒。

https://www.instagram.com/an_sayu/