2011年3月11日。
東日本大震災から8年が経ちました。
当時は栃木農家応援サイトカジルはまだありませんでした。
カジルは農家を応援をしたいとの思いで運営をしていますが、今回カジルとしてなにかできることはないかと考えました。そこで、東日本大震災により栃木県の農家はどうなったのかをカジルを通して伝えようと考え、福田農園さんへ取材をさせて頂きました。
宇都宮市北部にある福田農園さん到着。
:「こんにちは、福田さん。今日はよろしくお願いします」
:「こんにちは、カジルさん。今日はよろしくお願いします」
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農 家 名 :福田農園
つくる人:福田 賢一さん
農 業 歴 :26年
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:「福田さんは、どんな作物をつくられているんですか?」
:「菌床栽培でしいたけをつくっていますよ」
:「どれくらいの量をつくっていますか?」
:「1年で収穫量は約18,000トンです」
※福田農園さんのしいたけは柄つきで1本約33g(時期や品種によって変動します)
:「相当な量ですね!何人で作業されているんですか?」
:「嫁さんと親父、お袋、そしてパートさんです」
:「思っていたよりも人数が少なくてこれもビックリです。しいたけづくりはいつから始めたんですか?」
:「親父が40年ぐらい前に原木しいたけをつくることから始まりました」
:「なるほど。菌床のしいたけができるまでの流れを教えてもらえませんか?」
:「例えば、2019年10月にしいたけが収穫できるとします。それまでの過程は、2018年12月下旬から2月末までにブロック(オガ粉に米ぬかなどの栄養分を混ぜた直立体の小分けされた袋)へ種菌を植え付けます。数は約24,000ブロック。そこから収穫される10月までが培養期間となります。10月から4月までが収穫期間となります」
※ハウスにぎっしり並べられたブロック
:「24,000ブロック全て手作業で大変そうですが、植菌が終えればそのまま置いて待つだけでのんびりできますね」
:「違いますよ笑 菌は“呼吸”をしていてデリケートなんです。乾燥対策や夏場の高温対策は繊細な管理が必要なんですよ」
:「失礼しました。しいたけづくりの流れを聞いていると、しいたけの収穫時期が限られていますよね。そうなると収入面で厳しいような気がしますが」
:「そうなんです。そこで、収穫をしながら次の収穫に向けて、24,000のブロックをつくる作業も同時に行っていきます」
:「しいたけの収穫しながら、次のしいたけを育てるんですね」
カジル編集部は福田さんのしいたけづくりの話を聞いたところで、2011年3月11日のことを聞くことにしました。
:「東日本大震災が起きた2011年3月11日の話しを聞かせてもらえませんか?」
:「まず、東日本大震災以前の話をしますね。国産しいたけは価格面で海外産のしいたけに押されていましたが、2~3年前から国産しいたけにお客さんが戻り価格も安定してきていました」
:「東日本大震災後はどうでしたか?」
:「極端かもしれませんが、しいたけを購入をしてもらえなくなりましたね」
:「(やはり……)しいたけに対する風評が原因でしょうか?」
:「そうですね。卸し価格は以前の半分。さらに悪夢と思うような事態に襲われました」
:「福田さん、思い出させて恐縮ですが、その話しを聞かせてもらえませんか?」
:「わかりました。地震発生後私より早く嫁がハウスを見に行き、家に戻ってきました。すると嫁が私に、『なんにも考えられなくなった』と一言だけつぶやいたんです」
:「どういうことですか?」
:「私も最初は理解できませんでした。よく聞くと、ブロックが棚から落ちているというんです」
:「えっ、24,000個ですか?」
:「いえ」
:「収穫中と収穫前合わせて48,000個。全てです」
:「すぐに私もハウスへ向かいましたが、目の前に広がる光景を受け入れられませんでした」
カジル編集部、質問がとまりそうになってしまいました。ただここからどうのようにしてしいたけづくりを再開できたのかを聞くために質問を続けることにしました。
:「その光景を見て、どうやって一歩を踏み出せたんですか?」
:「少しでも後回しにしたら精神的に参ってしまう、まずは動かないければと思い自分で自分を奮い立たせました。そして、まだ生育できるブロックを拾い集めました」

:「その状況中で、なぜ気持ちを奮い立たせることができたんですか?」
:「実は親父としいたけをづくりをする前は、自分でバラ農家を営んでいたんです。ただ、バブル崩壊による嗜好品の買い控えや原油の値上がりで、バラ農家をたたんです。それで『食べ物はなくならないから親父と一緒にしいたけづくりをしよう』と覚悟を決め農家をもう一度始めたんです」
:「背景があったんですね、ただこの内容を記事にしてもいいんですか?」
:「はい。ありのまま書いてください」
:「わかりました」
:「しいたけ農家をまたバラ農家の時のように、たたんでしまうということは絶対にしたくなかったんです」
:「そうなんですね。ですが、やるべきことは山積みですよね……」
:「はい。棚を作り直すために一度ブロックを外に出し、新しい棚をつくり、そこへブロックを元の位置戻すことを繰り返しました。そして傷んでしまったブロックは軽トラで破棄するために、何度も何度も運びました」
:「肉体的にも精神的にも辛い仕事ですね」
:「はい。ただ作業をしていると、近所の方達が自分も忙しいはずなのに手伝いにきてくれたんです。おかげで、1週間で立て直すことができました。その時、本当にうれしかった」
:「ただ先ほども話したように、ここからが大変でした。しいたけの価格だけでなく、生産量も低下してしまいましたし。正直話すと、給料は1年間ありませんでした」
:「えっ。どうやって生活されたんですか?」
:「バイトです。仕事が終えてから、夜、運送会社で仕分けのアルバイトをしてなんとかやりくりをしました」
:「仕事をするために仕事をする……」
:「福田さんの周りのしいたけ農家さんはどうでした?」
:「棚の被害が全くない近所のしいたけ農家さんもいました。ですが、私のように被害を受けたしいたけ農家が大半で、農家をたたむ方もたくさんいました」
:「農家をたたむ……。消費者はしいたけの反応に変化はありましたか?」
:「イベントに出店した時には『本当にしいたけは安全で大丈夫なの?』とよく聞かれました。近くのスーパーに行った時には、手に取ったしいたけを首をかしげて戻す光景を目にすることもありました」
:「そうなんですね。福田さんはどんな取り組みによってしいたけ離れの風潮がかわったと思いますか?」
:「しいたけのモニタリング調査かと思います。抜き打ちで週一回行い公表もしていました」
:「それと時間ですかね……」
少し寂しそうな目をしていたのが印象に残ります。時間によって忘れてはいけないことがここにあるような気がします。
:「東日本大震災後で菌床しいたけづくりで変えたことはありますか?」
:「棚に揺れを軽減するスジを入れました。以前に比べて揺れを大幅に軽減できます」
※斜めにスジが入った棚
:「東日本大震災で忘れてはいけないことはなにかありますか?」
「……あきらめてはいけないことですね」
:「ありがとうございます。最後になりますが、これから福田農園さんの取組んでいくことはありますか?」
:「消費者へもっと分かりやすく、しいたけの「安心」と「安全」を伝えていくことです。そして、しいたけを鮮度抜群に届けてジューシーなしいたけを食べてもらうことです」
:「福田農園さんでは、しいたけの栽培や収穫イベントもされているんですよね。それと『しいたけ』と聞いただけで嫌いと言ってしまう子どもに向けて、可愛いマスコットがいますよね」
:「はい。しいたけニャンとしいたけワンです。しいたけが苦手な子どもが、しいたけの先入観を変えるきっかけになれればと思っています」
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とっても仲良しな双子のしいたけの妖精。しっかり者のしいたけニャン(姉)とわんぱくなしいたけワン(弟)。福田農園のマスコットです。
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:「しいたけニャンとしいたけワンをイベントや売場で見る機会が増えるといいですね」
:「そして、今日お話しを聞いて東日本大震災の苦労を超えてきた福田さんの強さを支えているのは、優しさなのかと思いました。今日はありがとうございました」
:「カジルさん、ありがとうございました」




