11月1日に初めて県外でイベントを開催します。その開催する場所「おおみや」について、どういった街なのかをさぐっていこうと思います

大宮という玄関口ターミナルが持つ熱気

改札を抜ける人の足音、駅に響く案内の声。通勤や通学、買い物、旅の乗り換え。大宮には、違う目的を持った人たちが同じ場所で行き交う、ターミナルならではの活気があります。都心へ通う人が暮らすベッドタウンであり、遠くの街へ出かける人の旅の入口でもあります。そんな日常の重なりが、大宮のにぎわいをつくっています。

さいたま市が「東日本の玄関口」と位置づける大宮。JR東日本の歴史紹介には、東北新幹線の開業を経て「首都圏の北の玄関口」となった歩みが記されています。市が進める東日本連携事業も、各地との人・もの・情報の行き来を大切にしています。[1][2] ホームの先へ延びる線路を思い浮かべると、いつもの駅が、たくさんの土地の暮らしにつながっていることに気づきます。そのつながりを、もっと身近に感じられるもののひとつが、毎日口にする食べものです。大宮と農業。一見、少し意外に思える組み合わせですが、この街の歩みをたどると、ふたつの距離はぐっと近くなります。

ビルのすぐそばで、息づいてきた「農」の物語

今の大宮からは想像しにくいかもしれませんが、鉄道が開通した当初、この街には駅がありませんでした。北へ延びる鉄道の分岐点をどこに置くかという検討と、地元の人たちによる誘致活動を経て、大宮駅が誕生します。その後、車両工場もでき、働く人が集まるにつれて、街のにぎわいも大きくなっていきました。[1]

国鉄大宮工場全景(昭和36年・1961年)/さいたま市提供
出典:さいたま市アーカイブズセンター(KPO-0018)

鉄道がつないだのは、人の行き先だけではありません。横浜港へ製品を運ぶのに便利な大宮には製糸工場が集まり、駅周辺では製茶も盛んになりました。糸を紡ぐ仕事や、茶を仕上げる仕事。その先には、蚕や茶を育てる人たちの営みがあります。列車の行き来を思い浮かべながら当時の産業をたどると、鉄道の街のにぎわいに、農に関わる仕事も重なって見えてきます。[1]

 

そして、農の風景は今も街の近くにあります。大宮駅やさいたま新都心駅などから2~3kmほどの場所に広がる見沼田んぼ。田畑や雑木林、川や見沼代用水が残り、場所によっては、稲穂の向こうにさいたま新都心のビル群を望むことができます。[3]

田畑を渡る風や、草木の揺れる音に耳を向けながら、その先にビルを眺める。そんな過ごし方を想像すると、駅前のにぎわいとは違う大宮周辺の表情が浮かびます。食べものを育てる場所は、暮らしのすぐ近くにもある。この身近さを感じると、次は、ふだん食べているものを育てた人にも会ってみたくなります。

声が飛び交う街角で、栃木の「つくった人」と出会う

そんな出会いを、大宮の街角で楽しめる機会がやってきます。「とちぎ豊穣祭」には、栃木の農家・生産者が集まります。大宮から北へとつながる栃木の食べものを、つくった本人と話しながら選べる一日です。 会場では、気になる品物を見つけたら、まずはひと声。「これは、どんな場所で育てているんですか?」「家では、どうやって食べていますか?」。農業に詳しくなくても、ふだんの買い物で気になることから聞いてみれば大丈夫。育てるうえでの工夫や、おすすめの食べ方など、値札だけではわからない話にも触れられそうです。 ひとつの店先で話を聞いたら、次はどんな農家さんがいるのだろう。にぎやかなまつりを歩くように、会場を巡ってみてください。気になる作物の色や形を眺め、つくり手の言葉に耳を傾ける。買い物かごを満たしていく時間が、栃木の畑や、そこで働く人を知る時間にもなっていきます。 帰宅して、会場で教わった食べ方を試してみる。「これをつくった農家さんがね」と、食卓で話したくなる。そんな楽しみまで持ち帰れたら、いつもの献立もちょっと違って感じられそうです。人が行き交う大宮で、今度は、つくる人と食べる人の会話を楽しんでみませんか。

いつもの街で、北の大地の恵みを選ぶ一日へ

2026年11月1日 (日)には、JR大宮駅東口の銀座通り商店街で、栃木の農家・生産者が集まる秋祭り「とちぎ豊穣祭」を開催します。買い物の途中に、休日のお出かけ先に。食卓に持ち帰りたいひと品を探しに、ぜひ足を運んでみてください。いつも通り過ぎる街角で、栃木の畑につながる会話を楽しむ一日に。

とちぎ豊穣祭イベントページ

 

 

 

本文の参考資料

[1] JR東日本「『鉄道のまち大宮』の歩みと歴史」
[2]さいたま市「大宮駅グランドセントラルステーション化構想とはなんですか。」/「市報さいたまプラス」東日本連携事業の紹介
[3]さいたま観光国際協会「見沼田んぼ」

[4]とちぎ豊穣祭 公式ページ(開催概要・アクセス)