今回カジル編集部がお邪魔したのは、栃木県鹿沼市にある県立鹿沼南高等学校。実は、農業高校の中では名の通った学校なのです。
理由は、食料生産科で進められてきたあるプロジェクトが、全国的に高い評価を受けているから。そのプロジェクトを端的に言うと……、「農業女子のための、汚れが落ちて手肌がすべすべになる洗浄剤」。もはや日本中の女子に必要なのでは?と思うような洗浄剤ですよね。一体どんな洗浄剤なのでしょう。鹿沼南高校がどんな学校なのかも含めて、レポート開始です!

 

農業アクション大賞にて大賞を受賞

鹿沼南高校が進めてきた「トマトの汚れを一瞬で落とす画期的な洗浄剤の発明」は、全国農業協同組合中央会と毎日新聞社主催の「全国高校生農業アクション大賞」で大賞受賞という快挙を成し遂げました。この賞は、「食」や「農」に関するプロジェクトなどを3年間継続的に支援して、優れた取組を表彰するもの。2017年からスタートして今年が3年目となり、第1回の認定グループとして鹿沼南高校が大賞を受賞したというわけです。

鹿沼南高校の受賞はこれだけではありません。「第69回日本学校農業クラブ県大会 最優秀賞」や「第6回高校生ビジネス・グランドコンテスト ファイナル 準グランプリ」など、いろいろな賞でも結果を出しているのです。そんなこともあって、農業高校の中では有名校なんですよね。

 

プロジェクトを通して成長する生徒たち

現在、トマトの汚れを落とす洗浄剤開発に取り組んでいるのは、3年生8人。男子6人、女子2人で構成されるチームを率いるのが、食料生産科・野菜研究班を指導している野地友美先生です。

鹿沼南高校で指導を始めて5年目の野地先生は、プロジェクトの成功はもちろんのこと、生徒の成長にも目を見張るものがあると話してくれました。

「最初のうちは、私が指示をすることも多かったのですが、今では生徒が自主的に改善点を見つけて、それを解決する方法を考えるようになりました。商品化という明確な目標があったので、生徒のモチベーションは高くなっていきましたね。それに、応募したコンテストや賞では必ず賞をとってきたので、プライドも持てるようになったと思います。生徒たちは精神的にもすごく成長しましたよ」

 

このプロジェクトで先生が気にかけていたこと

洗浄剤の開発は、足がけ4年に渡るプロジェクトです。ということは、ずっと同じメンバーで活動ができるわけではありません。そのため、先生は引継ぎには注意を払ったそうです。

「途中からプロジェクトに入る生徒は、内容を理解できていないこともありました。例えば、応募した賞の発表での質疑応答では、質問に答えられないのでは?という不安は生徒にありますよね。その不安を取り除くためにも、質疑応答の対策は念入りにしましたし、私も一緒に勉強していきました」

こういった先生の指導も、いろいろな賞での受賞の後押しになったのでしょうね。

 

トマトの汚れを落とす洗浄剤とは

ここで、鹿沼南高校で開発されたトマトの汚れを落とす洗浄剤についてみていきましょう。この洗浄剤の特徴は以下の3つ。

・トマトタールを落とせる
・天然由来成分と鹿沼土で手肌に優しい
・埋め戻される鹿沼土を使っている

 

特徴その1: トマトタールを落とせる

まずはトマトタールについて軽く説明を。トマトタールは、簡単に言えば「トマトの灰汁」のようなものです。トマトの収穫や不要な芽を摘み取る「芽かき」などをすると、手についてしまいます。実は、トマトタールはすごく厄介で、一度つくとなかなか取れません。まさに「農家さん泣かせ」。

実際に匂いを嗅いでみたのですが、素直に「アオクサイ」。ストレートな表現で申し訳ないのですが、これが一番しっくりくる表現だと私は思います。熟していないトマトをかじった時の、あのなんとも言えない、特有の匂い。

先ほども書いたように、トマトタールは農家さん泣かせ。残念ながら、そう簡単に落ちてはくれません。ある時トマト農家さんに「このトマトの汚れ、どうやって落としている?」と聞いたところ、「トマトの果汁で洗う」とのこと。そう、これが洗浄剤開発のスタートだったんですよね。

農家さんの話を聞いて、トマト果汁の成分とトマトタールが落ちない市販の洗浄剤で何が違うのかを探っていくと、pHが違うことがわかりました。さらに実験を進めていく中で、トマトタールの汚れが落ちるpHの値も判明。この結果を元に地元の会社さんに協力をいただき、プロジェクトは商品化に向けて大きく前進することになったのです。

 

特徴その2: 鹿沼土と天然由来成分で手肌に優しい

この洗浄剤には鹿沼の特産品でもある鹿沼土が使われています。鹿沼土は通気性や保水性から園芸土として有名ですよね。でも、それだけではないんです。実は手をスベスベにする効果もあって、実際に、鹿沼土に含まれる成分を使った化粧品なども販売されているほど。また、保温効果もあるのでは?というのが、野地先生の見解です。これに関しては、今後も研究を進めていくことになりますが、鹿沼土には無限の可能性があるように思えてしまいますよね。

手肌に優しいという点では、鹿沼土が酸性であることも見逃せないポイントです。よく石鹸などで「お肌に優しい弱酸性」とありますが、これは私たちの肌のpHが4.5~6.0で弱酸性と言われているから。一方で、一般的な洗浄剤はアルカリ性のものが多く、手肌にとって「優しい」とは言えない場合もあります。でも、鹿沼土のpHは4.5~6.0で弱酸性。(コメリ「土をつくる」より)https://www.komeri.com/howto/images/0307/print.pdf

そのため洗っても手が荒れることがなく、むしろ手がスベスベになっていくのです。
さらに、全て天然由来の材料を使っているのも特徴の1つ。そのため、畑に流しても農作物には影響が出ることはありません。環境を守るという意味でも、時代に流れにあっている洗浄剤と言えますよね。

 

特徴その3: 埋め戻される鹿沼土を使っている

洗浄剤に使われている鹿沼土は、粒子のサイズによって2種類あります。いずれも、園芸土としては小さすぎて売り物にはならないので、そのまま埋め戻される運命にありました。でも、洗浄剤に使われることになって、新しい価値を与えられたというわけです。

 

目の前で作られた洗浄剤、その実力は? 

トマトの汚れを一瞬で落とす洗浄剤。その力はどれほどなのでしょう。特別に作っていただき実験をしてみることにしました。まずは洗浄剤を作る過程から。作ってくれたのは、橋本さんと松田さん。まずは材料をビーカーに入れて、かき混ぜていきます。

 

ゲル材をかき混ぜていくと、粘性をもつようになります。実はこの作業がとても大変で、1時間、2時間とかき混ぜることも!生徒に「何が辛かった?」と聞くと、「ゲル材をかき混ぜること」と口を揃えて答えてくれ他ことからも、その大変さが伝わってきますね。

ゲル材がある程度固まったら、次はpHの調整です。機械を使って慎重にpHを測定しながら進めていきます。

これが洗剤のもと。この時点では無色透明。ここに粒子の大きさが違う鹿沼土を入れていきます。

 

こちらは粒子が粗い鹿沼土。

 

粒子の細かい方をゲル材に入れます。
見た目は、きな粉をかけた葛餅。なんだか美味しそう。

 

香りと色をつけていきます。香りはレモン。色はピンク系。

 

 

かき混ぜる、ひたすらかき混ぜる、無心でかき混ぜる……。

 

これが完成形。粒状に見えているのが鹿沼土です。
この洗浄剤を使って、実際に手を洗ってもらうことにしましょう。

 

こちらは洗う前の掌。右手についている黒い汚れがトマトタールですね。今回は比較のために、水で洗った場合と洗浄剤で洗ってもらいます。

 

こちらは水だけで洗った手。黄色っぽい汚れが残ってしまっていますね。

 

次は、洗浄剤を使って洗ってみます。
スプーンで2杯くらいが適量なんだそうですよ。

 

ひたすら洗います。
粒子が大きい鹿沼土は潰れることがなく、残っていることがわかりますね。

 

洗い流すとこの通り、掌の汚れはキレイに落ちていました。私も実際に触ってみたのですが、思いの外ザラザラしていませんでしたね。鹿沼土の粒子の大きさからすると、もっとザラザラして痛いのでは?と思ったのですが、その心配はなさそうです。

 

商品化する上で一番大変だったこと

トマトタールをきれいに落とす洗浄剤の開発で、何が一番大変だったのでしょう。この質問を野地先生と生徒たちにしてみたところ、みんなが苦労したポイントは同じでした。それが「洗浄剤のゲル化」。

鹿沼土を均等に混ぜるためには粘性を出さなければなりません。でも、その濃度を導き出すのが、そう簡単なことではなかったのです。粘性が弱いと鹿沼土は沈殿してしまい、逆に濃度が高く粘性が強くなると肌触りが悪くなってしまう……。さらに、香料を入れると粘性が弱くなり、室温や湿度も粘性に大きく影響するのだそう。

求める粘性がわかるまで、数値を変えてひたすら実験です。かき混ぜる作業時間は長く、生徒たちの心は折れそうになったようですね。そんなとき先生は、生徒にどんな言葉をかけたのでしょう。

「このプロジェクトは先輩から受け継ぎ、ここまでの結果を出すようになりました。だから、そのまま素直に『先輩の気持ちを受け継ごう』と。でも、今の生徒はプロジェクトが始まって4年目になるので、「日本一」「商品化」というキーワードは根付いていたんですよね。その目標があったことも、生徒にとっては励みになったのだと思います」

 

研究の成果が出た喜びと達成感

野地先生の言葉に背中を押され、自分たちの目標に向かって走り続けた生徒たち。取材の中で、このプロジェクトが教育の現場で行われていることを強く感じる場面がありました。生徒の口から「達成感」という言葉が出てきたのです。

プロジェクトリーダーの塩田歩君に、農業アクション大賞受賞の感想を聞いたところ「研究したことの成果が出て嬉しい。それ以上に達成感がありました」と答えてくれました。達成感を得たということは、それまでに試行錯誤や努力、苦悩があって、それを乗り越えてきたのでしょう。実際に、どんな努力をしてきたのか、塩田君が教えてくれました。

「発表や展示会に参加する上で、どうやったら相手に伝わるのかを考えました。高校生ボランティア・アワード2019では、一般の人にも洗浄剤の良さを伝えなければなりませんでした。でも、使っている材料の名前を言っても、専門用語すぎて相手には伝わりませんよね。例えば『鹿沼土』もそのまま言ってしまうとイメージができないので、『園芸用の土として使われている』と表現したり。わかりやすさを大切にして、説明をするようにしました」

 

また、サブリーダーの蓮田航平君も、発表のときに工夫をしたと話してくれました。

「大勢の前での発表の前には説明文を読んで、それを頭の中に叩き込みました。でも、高校生ボランティア・アワード2019ではブースを出して、そこで説明することになっていました。想定外の質問もあるので、もう原稿がない状態ですよね。なので、自分の言葉で話すように心がけました」

普通の高校生は、壇上で大勢を前にして発表する機会はそう多くはありませんよね。もしかしたら、高校3年の中で一度も経験できない生徒もいるのではないでしょうか。そう考えると、彼らの経験はとても貴重だし、誇れることだと私は思います。

 

農業女子を支えるための洗浄剤。その背景にあるものは

鹿沼南高校が開発を進めてきた洗浄剤は、「農業女子のための洗浄剤」という考えがベースになっています。そもそも、なぜ「農業女子」をターゲットにしたのでしょう。野地先生には教員という枠を超えた思いがあるようですよ。

「野菜を多角的に見てみると、品質や味、鮮度などにこだわりを持っているのが女性、選ぶ、買う、調理という流れを見ても、女性が関わることは多いです。だからこそ、同じ女性が作った野菜は安心感があるのかなと思いました。でも、女性が農業をするとなると体力の問題があったり、汚れが気になったりするのも事実ですよね。なので、今後は力がなくてもできる農業だったり、汚れを気にすることなく農業ができる環境が整備されていくといいなと。汚れをきれいに落として、しかも手をゴシゴシ洗っても大丈夫な洗剤は、農業の環境整備でも力を発揮すると思います。」

 

野地先生のこの思いは生徒にも伝わっているようで、橋本さんと松田さんもこんなことを言っていました。

「この洗浄剤を誰に一番使って欲しいかというと、おばあちゃんです。今家庭菜園をしているのですが、やっぱり手が汚れてしまいます。この洗浄剤を使えば汚れがきれいに落ちるので、使って欲しいなと思いますね」

なるほど、農業女子に年齢は関係ないということですね。

「農業女子のため」を入り口に「世界の洗浄剤へ」

トマトタールの汚れは、日本だけではなく世界でも問題になっているそうです。そのため商品化された暁には、もしかしたら世界でも販売されるかもしれません。実は、リーダーの塩田君はすでに世界に目を向けている1人で、将来の夢をこう語ってくれました。

「高校卒業後は国際的な農業を学べる大学に進学します。世界には、農業関係だけでもたくさんの問題がありますから、この学校での研究をもとにして国際的な問題を解決したいという気持ちはありますね」

 

教育とは苦境に立ち向かう勇気と誇りを育てるもの

詰め込み型の教育が終わりを迎え、自分で考え行動する力が求められる時代となりました。とはいえ、そのような力はそう簡単に身に付くものではありませんよね。壁にぶつかり失敗や試行錯誤を繰り返し、その中で成功体験をして喜びや達成感を得る。このような経験をどれだけできるかが、カギになるのではないでしょうか。もしそういった経験を学校という教育現場でできるならば、生徒たちは知らない間に自然に力をつけていくことも可能ですよね。

今回取材をした8人に対して私が持った感情は、「羨ましい」でした。高校生という多感な時期に、彼らは他の生徒ができないような経験をしてきました。その経験は、やがてはかけがえのないものとなって、彼らを支えることになると私は思います。8人が進むこの先の道は決して平坦ではなく、苦境や、時には立ち上がれないほどの苦悩があるかもしれません。でも彼らなら乗り越えられるのではないでしょうか。なぜなら、彼らには高校時代に培った誇りがあるからです。

教育とは何か?と問われると、その人が受けてきた教育や育った環境によって答えは異なります。でも、「目の前にどんな苦境や苦悩があったとしても、それに立ち向かう勇気、そしてそれを支える誇りを育てること」、そう定義づけることもできるのではないでしょうか。この取材を通して、新しい教育の定義が見つかったような気がします。野地先生、そして8人の生徒のみなさん、ありがとうございました!

参考:
高校生ボランティア・アワード2019
http://xn--cckab3lsa3izd6b5a7fn.jp/doc/va2019poster/023kanumaminami.pdf

農業アクション大賞
https://www.mainichi.co.jp/event/nou-act/index.html